アトリエ便り 2020年

2020年10月1日 全然!全然!

 夏の暑さから一足とびに初冬がやってきた? と思うくらい肌寒い9月末。
季節の扉が回転舞台のようにクルリと回って10月はどんな景色を見せてくれるのでしょうか。
さて、回転舞台が回り全く別の景色へと変化するように凄く飛躍して、今回は「全然!大丈夫です!」の話題。

 「マジ!全然大丈夫です」
頼みごとをしたら「全然大丈夫」と言われたので複雑な気持ちではあるものの、ともかくも大船にのった気持ちでいることにした。
しかし、この日この時の「全然と大丈夫」の行方は、全然大丈夫ではなかった。
やっぱり、心のどこかにあった「大丈夫かなぁ」という心配と結果がリンクしてしまったのだろうか。

 いつの頃からか、日本の言葉が文法通りに活用しなくなってきた。
新用語もどんどん開発されていて、そのままアプリになっても不思議ではないような、カラフルな単語も出てきている。
「あけことおめよろ」の(「明けましておめでとうございます、今年もよろしく」の略式)話を聞いたのはかれこれ十年以上前のことだから、その後巷には、もっともっとたくさんの言葉が誕生をしている。
「キヨブタ・・・」、清水の舞台から飛びおりる気持ちでGO―! など、ここに書き出すとキリがない。

 過日、マッサージに出かけた時のことだった。
かなり強めの雨の中を出かけたが、帰りがけには小ぶりになるような天気予報だったので、外はどんな感じ? と声をかけたところ、
「えーっと。雨のことですよね。さっきまで超ドシャってたけど、やんだっぽいみたいですよ。」
あどけない顔をした女の子が、くったくのない笑顔とともに答えてくれた。
やんだっぽいみたい? あっそうか、降り止んだってことね。
これは、なんとなくイメージ的に分かったから良かったけれど、ひょっとして分からない言葉があるかもしれない。
女の子と男の子の言葉も性別が不明な感じもするし、私のようなオバサンはなんだか肩身がせまい。

 でも深刻になってもしょうがないので、ウインドウショッピングでもしながら気分転換を、と考えて新宿まで足をのばしてみた。
雨上がりに見る新宿は、アングル次第によっては活き活きしていてなかなかいい感じだ。
ただ、可愛い女の子がビニール傘を持っていると少し残念な気もする。
チャーミングさが、少し引き算になってしまう。
雨の日だからこそ素敵な装いをすると、もっとポイントが高くなるのに・・・とか、まっ赤なレインシューズに水玉の傘とか・・・。
はっとして人がふり返るくらい鮮やかなグリーンのコートとか、奇抜なコーディネートばかり思いついてしまう。
こんな時の私は心が酸欠になっていることが多く、非日常的な設定や奇抜なモードを頭の中の呼び込んではエネルギーをチャージしていることが多い。
(女の方だったらこんな感覚ってわかりますよね)

 伊勢丹、バーニーズニューヨークと歩き、ルミネまで行くと、ウインドウショッピングだけでは不完全燃焼になってきて、ついにお店に上陸してしまった。
でも入ってすぐ年齢制限を感じる洋服に囲まれていることに気が付いて、出ようとするとお店の子が「お客さまには、案外、アマワンピなんかお似合いかと思います」と。
私 「は? アマワンピ?」
店員SAN、「あっ、甘い感じっていうか、ガーリーぽくって。カーディなんて羽織るとガチで決まっちゃったりします」
好奇心にスイッチが入り、年も恥もためらいもかなぐり捨てて試着をしてみた。
「あっ。お客様!全然大丈夫じゃないですか!超かわいいですよ。なんてっか、ちょっと、若く見えたりしちゃってます」
(と言うことは、若くないということなのよね)

 若かりし頃の流行語なんて、すでに死語になっていることを考えれば、これでいいのかもしれない、と一瞬思ってしまった。
渋谷駅前の交差点で四方八方、東西南北から人々が混ざり合って、それぞれまた違うベクトルを目指して歩いてゆくように、言葉もまた時間を越えてシャッフルされている絵にも見える。
そんな会話のあとに、いそいそとレジで支払いをしている姿って自分で想像しただけでクスッとしてしまう。

 久々にワンピを買ってイソイソと家に帰った。
その日の「ただいま~。」は、いつもより2オクターブくらい高かったに違いない。
パートナーには、声の若作りだと言われてしまった。
ふふふ・・・、声ばかりじゃないことが、明日にはわかるからね。
服をクローゼットにしまいこみながら、内心でニンマリ。
楽しいカードは一度に全部出さないで、少しずつ出すと倍楽しくなるのではないかしら。
~明日が楽しみなり。

 そうだ、この話のタイトルは「全然だいじょうぶ」だった。
頼みごとの全然大丈夫はダメだったけれど、若作り作戦のほうでは、お世辞ではあると思うが全然大丈夫だった。

 「全然大丈夫」というこの言葉、大きな話や深刻な内容の時には、やはり「全然」の方がイニシアチブを取ってしまい見込みは薄く、笑って済ませることができるような場面では「大丈夫」が主役になる。
そんな感じなのかしら。
言葉は、言霊だから見えない力を内蔵していると思う。
だとしたら、約束事をするときには、キチンとした言葉を使う方が達成率も上がるような気がする。
「もちろん、大丈夫です」こう言われた方が安心するでしょ?

 それにしても、刺激的な一日だった。
言葉もまた進化したり退化したりの繰り返しなのだろうか。
と・・まぁこのような。

 今日、10/1は中秋の名月。
都合がつかなくて月見には行けないけど、きっとこんな感じでしょう。
この写真は9/2の満月。
渋谷skyで写したもの、東京の夜景に浮かぶ満月です。

2020年9月1日 9月を迎えました

 夕方になるとほんの少し、心地よい風がふいてくるもののまだまだ暑さが続いています。
猛暑というよりは炎暑と書いた方がぴったりくるような暑さが続いた8月でした。

 友人たちは口をそろえて 「暑くて疲れているのに本当に眠れない」 と言い、ひと昔前にはやった不眠症の男性を描いた映画「マシニスト」のような悲劇だとこぼしていました。
この映画ご覧になった方はご記憶かと思いますが、一年365日間一睡もできずに妄想においかけられるというサスペンスもの。
眠れない怖さが見どころです。
 人は時として様々な理由で眠れなくなります。
眠ろうとすると眠れない・・・、焦れば焦るほど眠れなくなる。
悶々としたまま夜明けを迎えてしまった。
なんていうことが誰でも一度はあるのではないでしょうか。

 さて 「眠ろうとすると眠れない」 ということは?
安眠への正しい道は 「ここで絶対に眠ってはいけない」 と自分自身に厳しく言いつけること。
これにつきそう。
 これは今までの経験からも十分に説得力がある。
「今夜が締切だから寝てはならない。取りかからなくては」 「次の次には降りる駅だから寝てはならない」 そう思った途端、魔法にでもかかったようにストンと寝落ちている。
これがホントの 「睡魔」 の到来かもしれない。
眠ることは魔者から誘いがやって来てストンと落とされることなのではないか?
不眠に悩む人は是非試して貰いたい。「眠ってはいけない」と念じ我慢する。我慢をすると眠りの魔王がやってきてあの手この手で落とそうとする。でもここで「はいそうですか」は禁句。
更なる我慢をした時にまるで昏倒するように意識を失う。


 まだまだ暑さが続きそうな9月の上旬。
華々しく眠らない宣言の挑戦状をたたきつけ、煌々と灯りを灯しておくと睡魔参上で不眠は落着すると思います。

 ところで、私の睡眠魔王はプッチーニのオペラ “トウ-ランドット”。
第三幕 “誰も寝てはならぬ” を聴きたいばかりにスタートすると必ず途中でストンと寝落ちてしまう。
今夜こそ最後まで聴こう。
聴くのだ・・・、聴くべし・・・、「頑張れ!」 でグッスリという感じ。
9月がやってきて秋の到来なのだから、今度こそ聴かなくては。
でも中旬までは、この後も暑そうですね。

 

 今年の夏は新宿御苑で都心リゾートを満喫。
写真は夕方は19:00ごろ。
まで開苑されていたので涼しい中、散歩を楽しめました。

 

2020年8月10日 まだまだ暑い日々

 更新日のタイミングを逃し10日になってしまいました。
一昨日8日は立秋。
二十四節気の上では秋の到来を暗示するものの、厳寒の最中に春を告げる2/4の立春と同じく違和感があります。
なにしろまだ暑さも本格的で、到底秋の気配など感じようもない日々。
と・・・思っていたら立秋の日の朝、心地よい風の中にほんの少し初秋の優しさを感じました。
毎日“暑い暑い”が挨拶がわりになっていたので一瞬、心の中を涼風が通り抜けていきました。

 とはいえ、まだまだ8月は見紛うことなき真夏です。
夏といえば清少納言も・・・「春はあけぼの、夏は夜・・・」と書き綴っていたくらいですから、真夏の夜には神秘体験が似あいそうですね。
お盆の頃に鳴く蝉は精霊の乗り物だったり、ご先祖の魂そのものであるそうですから、夕方から夜にかけて鳴く蝉は見えない世界と一本の糸でつながっているのかもしれません。
古代中国では不死や再生の象徴なので蝉のぬけがらを見つけたら持ち帰り、家の中で一番高いところにおくと良いとされていました。

 さて、7月にも少し触れた我がことの御報告です。
その後かなり症状は軽減して家の付近を散歩しています。
7月の終わり頃、新宿御苑にでかけたところオオタカの幼鳥の巣立ちに運よく遭遇。
その後8月には、おみやげの羽を拾うことができました。
七十二候33候目では7月17日ころは「鷹乃学習」(たかすなわち学習す)
タカの幼鳥がわざを習うので、飛び方の練習をしていたのでしょうか。
それにしても都心でオオタカの姿を目撃できるなんて!
 8月の発見は・・・? と、ワクワクしています。

2020年7月1日 7月初日は雨

 「その月の初日が雨だと、一月を通じて雨模様が多い」亡き師匠がそのように言っていた。
遺言だと思って今月は雨仕度を整えておこう。

 今日は雨に加えて風も強く、私の外出を家人が案じている。
私は「午後には大丈夫よ」とは言ってみたものの、思い見ればこんな雨風の外出に「大丈夫・・・」などという保証はどこにも無い。
もしあるとしたら「自分信仰」から生まれてくる根拠のない自信で、自分だけは大丈夫という感覚。
無事に帰宅をすれば「ほら、言ったとうりでしょ」、アクシデントがあれば「あーーヤッパリやめておけばよかった」という事になる。
人は永遠に、こんな自己信仰を繰り返しているようにも思える。

 人生には大なり小なり、そんな側面がある。
が、ことコロナ禍に関しては、ゆめゆめ油断ができない。
7月を迎え、もう峠を越えたから大丈夫かも?と解放感のようなものに包まれ、羽を伸ばしている感もあるけれど、まだまだ気を引き締めていきましょう。

 自分だけは大丈夫、自分に限ってコロナは避けて通る。
その思い込みは危険です。
あなたとあなたの大切な人を守るためにも、どうか宜しくお願い致します。

 さて私事ですが春先より最近まで、歩行困難にも陥るくらい左脚の激痛と痺れがありました。
医師によれば「椎間板ヘルニア」とのお診立て。
一時は寝室からリビングまで這っての移動。
ネコが親近感をもったらしく、スリスリしてくれました。
ありがたいような情けないような・・・そんなこんなの日がつづいておりました。

 

2020年5月6日 お家生活とちゃぶ台

 空にはこいのぼりが泳ぎ野辺にはヒメシャガ・エビネと愛らしい花の顔がみられます。
季節は余春を楽しみ春の名残りをめでる頃ですが、世界中の、そして日本中の人はみなそれぞれ「お家生活」を続けています。
わたしも家の中でできるワークや趣味、お料理に凝ってみたりと自分なりに楽しい空間を作っています。
相棒のネコさんは「お母さんが一日中家にいて、うれしいにゃー」とばかりに甘えてきます。
 そんな生活が続きある日のこと、ふと思いました。
さて? この風景はいつかどこかで体験したこととソックリと。
ではそのTPOはどこかのどかな民宿に行った時のこと?
イヤそうではなくて、もっともっと身近なこと。
そして、気持ちと同居している故郷的なことがキーワード。
 なんのことはありません。
昭和時代に生まれた自分の幼少時代の風景だったのです。
5月になると四十雀が啼き始め、どこの家でも筍ご飯を炊くいい匂いが漂い、野草の天ぷらや山菜の酢の物が食卓にならんだものでした。
外食などということは何かの特別なイベントや事情があるときぐらい。
いつもは母親が作ってくれるご飯を、家族そろって「いただきます!」
母は食材がなくても、すぐ買い物にでかけたりせず“ありもの”を使って魔法のようにもう一品、美味しいものを作ってくれました。
 そうそう、ちゃぶ台などどいうものがありましたっけ。
説明しようと思いましたが、平成のお生まれの方はたぶん知らないかも?
ウイキペディアによりますと下記
「ちゃぶ台、チャブ台(ちゃぶだい)は、日本で用いられる四本脚の食事用座卓である。一般的に方形あるいは円形をしており、折り畳みができるものが多い。」
令和の時代になっても、ちゃぶ台で検索すると出てきますが、凄くオシャレなスタイルで昭和時代のものとはやや違うように思います。
 このちゃぶ台を囲んで家族みんなで、ご飯やお茶の時間を「まーーーるく過ごしました」
今、家の中での過ごし方を考えると、私の原点はここにあるかなぁと、しみじみ思ってしまいます。

 さて、日本経済新聞2020年5月5日、13面に「ウイルスの正体、少しずつ」の記事が掲載されており真剣に読み入りました。
少しずつその解明がすすんでいるコロナの姿。。
懸命な取り組みをつづける世界の研究者。
そして、日々医療現場で命を守るべく懸命な救助にあたってくださる医療関係の方々。
ここに書ききれないくらいの方々の犠牲と支えなくしての現在はありません。
心から敬意と感謝の気持ちを捧げたい気持ちでいっぱいです。
私たち一人一人が、尊い命を大切にしましょう。
そして、まわりにいる全ての人に感謝の気持ちを示しましょう。

【写真】町内を散歩していたら、ステキなバラのお庭を見つけました。

2020年3月13日 弥生きたる

 3月を迎えました。
更新がとても遅れてしまったので、今月はパス!
なんて勝手に決めていたところ、「絶対に何が何でも書かなくては」という大感激がありました。

 それは昨年9月に宮崎を訪ね、陶芸家佐藤浩先生のところでおっかなビックリ触らせて頂いた土から、誕生した器たちがやってきたのです。
釉薬をかけ、火の神様の洗礼をうけ
(★ここはもちろん師匠のお仕事でございます m(__)m )
窯の中から誕生した器たちがやってきたということなのです。
 でもそんな芸術をプロの人たちは、どんな風に表現するのでしょうか。
「生まれた」とか「やってきた」或いは「降ってきた」「巡りあった」??
 なかには割れてしまうなど、不具合もあるようですが、かつては土であったものが形になり、生活をともにする事ができるなんて。
本当になんと表現したらいいのか。

 茶碗、湯呑、花瓶、師匠の作品である白磁の茶碗とマグカップ。
そして、窯から取り出したとき一部損傷したものを見事に修復してくださったオブジェ。
それらを並べて日がな一日幸せな気持ちに浸りました。
カップでコーヒーを頂き、夕餉にはご飯茶碗にご飯をよそりながら「潮人からの贈り物に感謝致します」と思わず言葉に出てしまいました。
花瓶は、まるでずっと昔からリビングにあったみたい!

 潮人、佐藤浩先生との出会いから器の制作へと、本当に人生の巡り合わせは不思議です。
ご縁の一言だけではかたずけられないような・・・。
目の前にある器たちを眺めながら、今そんな気持ちでいっぱいです。

 一部をご紹介します。
白い茶碗は先生の作品です。

2020年2月2日 「立春大吉!」

 2/3節分の翌日、2/4は「立春」。
暦の上では春の到来です。
1年で一番夜が長い「冬至」から夜と昼の時間が同じとされる「春分」。
この冬至と春分の中間点にあるのが立春ですから、東洋的な考え方による春のスタート地点としては

正にこの日!
というところでしょう。

 冬の眠りから、万物がゆっくりと目を覚ます早春は、風の香りがかぐわしく愛らしい梅の姿にうっとり。
外カフェのお店でブランケットを借りて、一足早い春にシャンパンで「乾杯」も素敵。
はたまた、瀬戸内の海でも眺めながら、のんびり・ぼんやりプランも悪くないし・・・と春の夢がふくらみます。

 でも、まだまだ北風が吹き荒れる日や小雪がちらつく日があって、心模様とは裏腹の厳冬期。
私はこのギャップが大好きで、1年の中でもこのシーズンが一番神秘的ではないかなぁと思っています。
氷の下で、落花した真っ赤な椿がなおも鮮やかな姿を見せている小路。
早春の光に輝く氷と椿のコントラストの激しさに、まばゆいまでの春の神秘を感じてしまいます。

 

2020年1月2日 2020年元日

  •  あらたまの新しい年のお慶びを申し上げます。
    年が改まりました。
    大晦日から新年に改まる時ばかりは「一日前の事」と「一日後の事」という、昨日と今日の関係ではなくなる特別な期間です。
    心身の浄化強化月間ともいえるこの期間は神妙な面持ちで神仏を詣で、縁起にまつわる行事を行い、いつもと違う時空の中で新しい年への気持ちを羽ばたかせ、ウオーミングアップする。
     そんな感じで心は思い切り健康的。
    でも、寝不足で食べ過ぎ飲み過ぎ(はしゃぎ過ぎは良いとしても)と、体にとっては一年の中で最もNGな期間でもありそうです。
    しかし、楽しいですよね。
    仲間どうしで集まって、おせちを囲みながら他愛のないことを話したり、今年はこんな風でありたいなぁなどと語りあう。
     私の2020年は、また仲間と共に始まりました。
    元日から日付が変わり、お客様を送り出し、外にでた時の外気がキリリと気持ち良く・・・。
    こんな時です、私がいつもお正月の実感がわいてくるのは。
    帰途についていく人たちの背中を見ながら「みんなに良い事があるといいなぁ」と、しみじみ思ってしまうのです。
     本日は、2020年1月2日。
    昨年のうちに新年更新用のご挨拶を準備しては? とも思いましたが、今年はお正月の実感が心から湧きあがってきたタイミングに致しました。
    皆さまにとって本年がご多幸な年でありますように。
  • お正月に向けて去年から菊を育てていました。
    元日、この日ちょうど満開!