アトリエ便り 2019年

2019年7月13日 雷鳥さん こんにちは

 初夏といえば「山開き」。
というわけで立山まで出かけてきました。
といっても電車とケーブルカー、そしてバスを乗り継いでいける立山高原です。
気がつけば、ほとんど労せずして絶景なる山の高原に立つことができます。

 この時期(7月の前半)、室堂平と立山の峰々にはまだ雪が残り、早春の風景を残していました。
それでも湿原には色とりどりの高山植物が、花を咲かせ始めています。
綺麗とか荘厳とか美しい等・・・。
どんな言葉で表現するのが良いのか?
大自然を前にした時に、私はいつも戸惑ってしまいます。
もしかしたら、ごたごた説明して「感動しました!」を連発するのは、1000万年も前からの自然が創造した彫刻に対して失礼かと。
そんなこともあって今回は言葉のお化粧はほんの少し、何はともあれ画像をお送りします。

 人生、言葉よりも存在そのものに説得力あり。
そんなこともあるかと思います。

 写真は順に
①野鳥(ウソ、雷鳥)
②高山植物(チングルマ、ゼンテイカ、イワカガミ)
 もしかしたら、名前を間違っているかも知れません。
③立山の峰々と高原(雄山方面、室堂高原)

2019年6月4日 吾輩はネコの保護者である

 陰陽が交換する月がやってきた。
夏至をむかえ、昼の時間が伸びるだけ伸び、夜時間が減るスイッチへと切り替わる。
 でも実際のところ、まだまだ6月の半ばでは「日没が遅くなった」との体感はない。
ただ、夕方近くなってからも「今から外出しようかな」と思うくらい明るい。
 
 で、ある夕方のこと出かける支度をしていた。
が、ここで、ながーい、ながーい、昼寝から覚めたネコと目がピタリとあってしまう。
ネコは起き上がると、まず寝ぼけ眼のまま「あーーーっ」と大あくび。
その後、ユックリとした動作で二・三歩歩き、それからストレッチ体制に入る。
 なんと二倍くらいまで身体を伸ばし切り、ご丁寧に、もう一度大あくびをしてから、やおら飼い主と思しき人の膝元までのたりのたり。
と、やってきてジーーと見つめ
「まさか、これからどこかに行くのではないでしょうね?」
と言わんばかりの表情を向けてくる。
それと同時進行で、耳の裏側をこすり付け極上のネコなで声で迫ってくる。
にゃにゃーーん♪

 こんな時に見せるネコの表情やしぐさは、足止め効果抜群で思わずひるんでしまう。
そして、大切な約束や期日限定のイベントの最終日でもない限り、たいていの場合、私はネコ氏の軍門に下ってしまうのだ。

 すっかり降参して、また元の部屋着に戻り、パチンとテレビのスイッチを入れると“ほ~らネ”とばかりに、スタスタとやってきて目を細めている。
あの子たちは、何か特別な魔法の力を持っているのかしら?
それとも、私の意志が弱いのかも?

 この日の夕方は、暫くネコの言いなりでスリスリと甘え寄り、ご飯の催促、毛繕いの手伝い、トイレの掃除、遊びの相手など等。
その後、ネコは「その方はもう下がって宜しい」とばかりに悠々としていた。
扇風機から送られてくる風が心地よいのか、スフィンクスのようなポーズで自分の世界に浸っているのを間近に眺めつつ、6月はこのコのように過ごそうかと指針がたってしまった。

 ネコに学ぶライフスタイル。
今更ながらの事とはいえ、妙に納得をしてしまう。
こんな事をヨロヨロとタイピングしている私を、薄目をあけて見ている可愛いヤツ。
名前を呼んでやったら、尻尾でパタパタ返事を返してきた。

 人間に例えたら、このサインはいつ、どこで、誰に向かって出すと効果的なものだろうか?
なんとかこの設定を学習したいものである。
できれば「その方は下がって宜しい!」
今からでも、ネコに弟子入りでもしようかしら。

 

写真は、つめととぎに夢中な私の子(コ)、ピピ。

2019年5月1日 令和元年

 本日は令和を迎えての朔日だ。
昨日が大晦日だとしたら今日は元旦。
いそいそと机の上を片づけ、しばし感慨にふける。
心の電池交換が済んだところで今日、この日の思いを綴り、残してみたい。

 なかには「元号が変わるくらいで大騒ぎするのもどうかと思う」という人がいるものの、私は物事には終わりと始まりがあることから、そこに「つなぎ目」という大切な空間が誕生することに、大きな意味があると考えている。

 例えてみれば、季節だって真冬から真夏へと一足飛びに変化はしない。
土用期間を得て徐々に次の季節へ変わっていくのだ。
 人の道もまた、自然界と同じように、次にやってくることを想定しながら「移ろう」ことを繰り返している、と思う。
そこに時限設定があるとしたら、その日付に向かい、満を持して「整いの準備」を始める。
まずは、去りゆくことへ思いをはせ、成し得たこと、成し得なかったことをふり返る。
思い出たちが整理できたら、来るべく日に向い、心の準備体操を始める。
 人はこのつなぎ目があるから、上昇や心の成長ができるのではないかと思う。
交換・交代をする時空がないと、漫然とした時の中を延々と歩いていくことになりそうで、エンドとスタートが存在しない人生になってしまう。
そこで、人生そのものが誕生と死でワンセットになっている事を思えば、生きている期間は日々が「変化の中に成長あり」という見方もありえる。

 話は元に戻って昨日は平成、今日から令和。
この移ろいゆく時空の中で今、私はそろそろ成長から成熟に向かうべき時がきたことを痛感している。
こんな事、元号が変わらなかったら思いもしなかったかもしれない。
ともあれ、こんな形でわが身に新元号がやってきた。

 

 平成31年4月末は、まだ雪の残る高原にいました。
残雪の森に春を告げるマンサクと、ユキツバキの可憐な花に感動です。

 

2019年4月1日 令和への改元に鑑みて

 新元号「令和」と「平成」を結ぶ橋の上でタイピングしています。
長い日本史の単元から眺めれば句読点のひとつかもしれませんが、晩節になってから迎える改元を感慨深く受け止めています。
それは成人を迎えて以降こんにちまでの間、長らく占いにたずさわり、その道一筋できた私にとって昭和の占いから平成の占い。
これからやってくる令和の時代の占いへと、過去、現在、未来へと思いを馳せずにはいられないからです。
歴史の流れと共に変貌を遂げた(進化・退化)占いという職業は、令和の時を経てまだまだ変化していくのでしょうか?

 もちろん占いそのものが変わるわけではありません。
しかし、伝達手段の発達と共に、ニュアンスに変化が出てくることは否めないと思います。
また、ご相談にやってくる方々の悩みや迷いも多岐にわたってくることでしょう。
通信システムや、その他様々な要因からくる人間関係の複雑さも、ますます深刻になるかもしれません。

 果たしてそんな未来に向かって複雑なパズルを解くような明回答が用意できるのだろうか?
平成から令和への改元に鑑みて、思わず考えてしまったのです。
そして、私なりに回答らしき感触がありました。

 それは・・・
どんなに時代が変わろうと社会が変化しようと、変わらないものはただひとつ。
「天に星。地には我。」このシンプルな構造です。
占いは天と地を結ぶ道しるべ。
答えは全て宇宙というハードデスクにある。
これが新時代に向かう今の自分の心境です。

 外では春の陽射しを受けて輝く、桜が満開です。
まるで平成へのなごりを惜しみ、来る令和への祝辞を述べているかのような2019年、4月。
この気持ちを忘れないように、ここに記してみました。

4月1日 満開のヤマザクラです。上野東照宮にて。

2019年3月11日 マイカレンダー創刊

 春の到来とともに説話社から「マイカレンダー」が創刊されます。
私にとっては、人生の一部といってもおおげさではないくらい、長い年月を共にした「マイバースディ」。
かつての読者だった人たちは、今や逞しい社会の担い手となり、或いは優しい母となり、それぞれの人生を歩んでいることと思います。
そんなあなたにとっては、懐かしい思い出の玉手箱が開いた想いがすることでしょう。
マイバースディを知らないあなたにとっては、これから歩いていく人生の新しい良きパートナーとしての一冊になってくれることでしょう。
 3月22日に発売です。
お近くの書店に行ってみてください。
きっと、あなたの人生を変える素敵な魔法がたくさんみつかるはずです。

 今日は大震災からちょうど8年です。
いろんな思いがよぎりますが、私は未来を信じて自分のカレンダーを紡いでいきたいと思います。


2019年3月3日 今日は桃の節句でした

 空の中に柔らかな色が加わり、春の到来です。
景色のパレットにも優しい色が増えてなんだか気が緩みがち。
とはいえ、3月は冬と春の交換期なので、心のどこかで「勢い任せの出たとこ勝負!」とばかりに、冬の間にため込んだエネルギーを外に出したくて焦ってる?
そんな感じがしないでもありません。

 なにしろ、西洋占星術の世界では3月は、軍神マルスが統治する戦いの季節なのですから「のんびり」と「突撃」がブレンドした不思議な時空。
私はこのシーズンになると、いつもせっかちに事を進めたくなってしまいます。
ところが、一方では妙にのんびりと春を謳歌し「明日は梅を眺めに行こうかなぁ。」とばかりに、春を謳歌する自分もいて心の部屋の中に全く違う人が二人いるみたいになってしまいます。
もし、あなたの周囲に同じ症状の人はいたらマルスの応援歌と春の女神の魔法のせいで“せっかち&のんびり病”になっていると思ってください。
(このメッセージも、いっこうに書く気配がないのでスタッフにせかされてタイピングをしています。)

 タイピングをしている場所は?
といえばマンゴーの木の下。
寒さに弱い種類なので冬の間だけ家の中に入れておいたらなんと!
窓から差し込む、お陽さまの光と打ち合わせをしたかのように花を咲かせました。
実はこのマンゴーの木は実生の子。
我が家のデザートになった後の種から、すくすくと育ち今や私の身長を超えてしまいました。
今年で5才。
果たして実をつけるのでしょうか。
どうかしら・・・。
今から楽しみです。

 楽しみといえば、せっかちな自分の方が顔を出してしまい、すでに夏の計画を立ててしまいました。
(あ~まだ、4月にもなっていないと言うのに・・・。大丈夫かな。)
「もののふの矢橋の船は速けれど、急がば回れ瀬田の長橋」

 せっかちになっている皆様に贈る、3月を無事に過ごすおまじないの言葉です。
これは、室町時代の歌人、宗長が上洛するもののふ(武士)にむけて、琵琶湖は船で渡ると早いが比叡山からの吹きおろしで転覆する危険がある。
そこで、どんなに急いでも回り道のように思える瀬田の橋を渡るほうが安全に都に到着できる。
そんないわれで「急がば回れ」の語源になったともいわれています。

 写真は、 V(^o^)V マンゴーの花です!

2019年2月2日 2月は寒と暖の交差点

 気がついたら空の中に春の表情があった。
雲の形も含み笑いをしている女の子や、のんびり寝そべっているネコや子供に見えたりして、ホッコリとした気持ちになってしまう。
近くの公園を歩いていると神秘的ないい香り。
どこからやってくるのかしら? と香りを追いかけて行くと、そっと静かにたたずんでいる可愛い梅の花を見つけた。
でも、梅が咲き始める頃は時々空から雪が舞ってきて、うっすらとお化粧をしてしまう。
どうか厚化粧にしないでね。
と、痛々しいくらい可憐な梅を見つめて祈る思い。

 2月は寒と暖の交差する繊細な時。
12か月の中で最もデリケートな季節ではないかしら。
心の中に眠っている未知数に、そっと耳を澄ますと希望の声が聞こえてくるはず。

 小さな春を楽しんでくださいね。

 写真は5年前の2月、新宿御苑は雪に覆われていました。

2019年1月1日 お正月

 雀たちが陽だまりを見つけて、ひなたぼっこをしています。
まーーるくふくらみながら、お日様を一杯に浴びている姿がとっても可愛らしいです。

 あらたまの新しい年のお慶びを申し上げます。
新しい年がやってきました。
ドカーンと厚い辞書のように、日めくりのカレンダーはまだまだ一枚目。
これから日を追うごとにどんどん薄くなり、年末にはあと一枚を残して翌年になっていく。
その繰り返しの中に生きていくのが人生ですが、年を重ねながら少しでも成長をしていきたいものです。
365日、一日一日の中に隠れている「時の神様」と対話をしながら、充実した時間を送りたい。
晴れ渡った年明けの空を見上げて今、そんな事を思っています。

 あなたの抱負はどんなことですか?
どんなに小さなことでも、頭の中でラフ・スケッチをしておくことで叶う確率が上がるそうですよ。
「思う」ことは全ての原点です。
 まずは「原点」を作ってください。
そして、その事を周囲にいる人たちに伝えてください。
必ず磁石の役割を果たしてくれます。

 つまり、目的達成に向かって必要な情報や登場人物が集まってくるという事なのです。
これは、偶然は無いという事にも繋がります。
つまり周りにいる誰かに話すなど、常に思いを口にすることによって
「こんな記事みかけたよ」とか
「この間あなたが会いたいって言ってた人が来週@@にやってくるみたいだよ」と
様々な情報も集まってくるのです。

 偶然、出会った人。
でも、その人はあなたが呼んでいた人、求めていた人です。
今年は偶然という「時の神様」を味方につけて、素敵な自己実現をしてくださいね。

 

先週12/30、スタッフが高尾山で見つけたシモバシラです。
霜柱ではなくて、「シモバシラ」という植物が枯れた後にできる氷の芸術です。
ハート型に見えませんか?